本日早朝、実家にて祖母が旅立ちました。
生前は庭いじり、編み物といろいろ動くことが好きな人でした。
それが以前コラムにてお話した通り、約10年以上脳梗塞によるマヒにて寝たきりとなり、本人は悔しい思いをしていました。
しかしその状態でもテレビを見たり数独をしたりと楽しみを見つけ、そのせいか外にほぼ出ていなくても認知症になることもなく気丈にふるまっておりました。
介護をする両親にとっても、とてもありがたかったことと思います。
約10年以上の闘病、最後は褥瘡の痛みに耐えながら、そして98年の苦楽を過ごし本当によく頑張ったと思います。
また私の両親も定年後介護を務め上げ、大変な長い時間を頑張ったことと思います。
精神的、肉体的に追い込まれながらも献身的に行っていた姿は尊敬の念に絶えません。
本当にお疲れさまでした。
また、今回の祖母の介護を通じて、テレビで言われているような介護の過酷さを目の当たりにし、恐怖も覚えました。
両親は『老老介護』と言われる年齢ではなく、元気にもかかわらず大変な苦労が長期間に渡りありました。
両親がさらに10歳、15歳と上の年齢だったら可能だったのだろうかと。
介護施設も『じゃあ明日から入居です』と誰しもがお願いできるわけではありません。
大変お世話になったヘルパーの方々、訪問でいらしてくれた先生、看護師さんと周りの力がこれほどまでに頼もしいのかと感じました。
以前、歌手の森公美子さんが半身不随になってしまったご主人の介護に限界を迎えていたころ、ヘルパーの方に『介護はプロがやることですから、安心してお任せください』
との一言に救われたとテレビで仰っていました。
昔と違うのは、介護は家の人が全てやらなければならないということはなくなったことです。
ケアマネージャーさん、ヘルパーさん、先生、看護師さん。
素晴らしいサポートをしてくださいます。それでも、いらっしゃらない時間はおうちの人が行わなければなりません。きついです。
できることだけでも、社会の力をまんべんなくお借りしてよいということは感じました。
これから、いやすでに突入している高齢化社会に介護のお仕事の方がいらっしゃらなければ、介護する方される方共倒れすることは明白です。
さらなる福祉の充実、介護に携わる方々の地位向上が、世の中として行われていくことを切に切に願います。
祖母は意思が強い人でした。そして近所でも有名な怖い(厳しいですね)人でした。
そんな祖母に面倒をみてもらっていたにもかかわらず、人の意見に左右されてしまう弱い私がいます。
しかし、接骨院の仕事をする!というたった一つだけ曲げずにやってきて、独立した姿を最後見てもらえたことだけは少しだけほめてもらえそうです。
これからも何かにウジウジしてると『バカッ』と叱られそうです。
私ももう40歳手前、怒られないような生き方をして、向こうで会ったときに褒めてもらえるように頑張ります。
向こうでおじいさんとごゆっくり。98年間お疲れさまでした。
今まで本当にありがとう。
介護の大変さを祖母を通じてお伝えしたかったのですが、私的な文章になったことを今回だけはご容赦ください。
どうか、皆さんがつらくない、抱えすぎないように過ごせることを心より願います。
そして、今回祖母に携われた方々だけでなく、介護に携わる全ての方々に心から敬意を表し、心より御礼申し上げます。
合掌